生物はDNAの乗り物である!?進化心理学から人生の幸福を考える

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人生を幸福に生きるため、
生物としての「人間」というものを理解しておくことは非常に重要だと思います。

まず、「そもそも生物とは何か」ということから考えていきましょう。

生物ってなに?

生物とは自己複製する化学物質

生物を学問的に定義しようとすると非常に難しいんですが、
このブログでは「自己複製する化学物質の集合体」としておきましょう。

自己複製はするんですが、
複製を生成する際、必ずしも完璧なコピーではなく、多少の差異が発生します。
その差異が環境などによって選別され、より環境に適応した個体が生き残り、
今日では多種多様な生物が地球上を覆っています。

人間も生物である

人間も例外ではありません。
40億年にもなる生物の自己複製と環境による選別の結果、
複雑な思考ができる人間という種が誕生したのです。
「人間は神が作った」などという物語を信じる人は
世界中に大勢いますが、そんなことは全くありません。
人間も進化の過程で登場した単なる一つの生物種にすぎません。

生物の行動原理

さて、今度は幸福について考えていきましょう。
いきなり人間の幸福について考えていくと、色々反論を言われてしまうので、
まずは生物の「幸福」について考えてみます。

例えば、猫の幸福について考えてみましょう。

都会で生活していても、近所で見かけることが多い猫。
彼らの「幸福」とはなんでしょうか。
まず、考えられるのは食べ物を食べることでしょう。
これは動物であれば当たり前の幸福です。
食べることによってエネルギーを外部から取り入れないことには
自分の体を維持することができませんからね。
食べることに幸福を感じない種は、生物の長い歴史を生き延びることはできないでしょう。
(これに当てはまらない特殊な動物もいると思いますが、一般的な動物は当てはまります。)

猫の幸福は他にも、発情期に異性と交尾をすることや、
自分の子供の世話をすることなどもあるでしょう。
このような行動に幸福を感じない猫は自分自身の個体は生き残るかもしれませんが、
子孫が生き残ることがないため、長い猫の歴史の間に淘汰されてしまい、
現代に生き残っている可能性はほとんどありません。
(もちろん、突然変異により個性として発現する個体もいるとは思いますが、多数派ではないはずです。)

温かいところでうたたねをすること等も幸福のひとつかもしれません。
この行動は普段のエネルギー消費を抑制し、狩りに備えることで、
生き残る可能性が高まったのだろうと考えられます。

生物の幸福感はDNAの生き残りやすさ

つまり、生物は自分自身の個体のためになることだけではなく、
自身のDNAを後世に残すために「幸福」という感情によって、
コントロールされているということです。
(反感を感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、)
言い換えると、生物の体はあくまでもDNAの乗り物であって、
DNAが生物を「幸福感」という感情を使ってコントロールしている。と言えます。

正確に言うと、言い方が逆で、
「生き残りやすい性質(幸福感)を持つ個体が生き残り、そのDNAが保存されてきた。
そのため、現代に生き残っている種はDNAを子孫に伝えるような行動に幸福感を感じる。」
ということになります。
※このブログでは「DNAに意思や目的がある」ような書き方をすることもありますが、
DNAに目的があるわけではなく、「生き残っているDNAは生き残りやすい性質があったから」ということを
わかりやすく言い換えているだけです。

人間の幸福とは?

人間も様々な行為や環境に幸福を感じます。
これらの幸福も大抵は上記の猫のような説明が可能なはずです。
人間も現代に生きている私たちと同じ種となってから25万年も生き残っているので、
もし、自分自身や子孫を生き残らせる可能性を下げるような感情や特性は
とうの昔に淘汰されているはずだからです。

集団で生活を送る人間

ただし、人間に関しては他の動物のように考えるわけにはいかない事情があります。
それは、人間は社会的生活を送ってきた種だからです。

社会的生活を送っている種の例として、アリを考えてみましょう。
アリの行動をよく見ていくと、コロニーのために自分自身を犠牲にすることがよくあります。
これは進化の原理から考えると非常に理解しがたい行動のように見えます。
しかし、最新の研究が解き明かしたところによると、
普通の動物とは生殖の仕組みが違うようです。アリの生殖の仕組みは、
個々の働きアリは女王バチや次世代の女王バチを生き残らせることが、
自身の子孫を残すことと同じくらいの価値があるようになっているそうです。
(普通の動物の兄弟関係よりもDNAの一致率が高い。)

このような条件があると、
単に自分自身を生き残らせるという行動がすなわち幸福というわけにはいかなくなります。
人間のように集団で生活を送り、集団なしでは生きられないような種でも同じような傾向が見られます。

人間は集団で生活することを前提として進化した

もちろん単に「群れ」を作るような種でもそのような傾向はあるでしょう。
しかし、人間は集団で生きることを前提として進化した種です。
個々の体力では他の動物に遠く及ばないにもかかわらず、
地球上を牛耳っていることから考えても、
集団の力を最大限生かす能力があるからこそ繁栄を遂げたのです。
そのため、集団であることをもしかしたらアリ以上に考慮に入れて、
その行動の理由を分析しなければなりません。

集団で生活する種の生存戦略

生物として、各個体が生き残ることはもちろん重要ですが、
集団で生活することを前提とする以上、集団が生き残ることを優先するように進化した個体のほうが、
その所属する集団が生き残る可能性が高くなり、結果的に遺伝子を子孫に残すと考えられます。

そのような行動に対して幸福を感じるようになっている個体のほうが、
より生き残る可能性が高くなるはずです。
人間の幸福の感情は「生き残る戦略を具体化したもの」だと考えて差し支えないでしょう。
これこそがまさに「進化心理学」の考え方です。

人間はどのような行動に幸福を感じるか

食欲や睡眠欲を満たすことは個体が生き残るために必要な欲求なので、
美味しいものを食べたり、安心できる環境でゆっくりと寝られることに幸福を感じることは当然でしょう。
また、子供を養育したり、親族を助けたり、仲間を助けたりするような行動も、
集団が生き残るために有利になります。
なので、それらの行為に幸福を感じる人も多いはずです。

しかし、同時に集団内での競争も確実に存在するはずです。
自分以外に利益をもたらす行動ばかりをする個体は、その集団は生き残るかもしれませんが、
その個体のDNAは生き残らず、子孫には伝わらない可能性が高いからです。

そして、その競争は集団全体が生き残る行動と逆の行動となることもありますが、
集団全体の生存にはほとんど影響がないようなモノもあるでしょう。

集団全体の生存に影響がないモノの代表はおそらく生殖です。
生殖に有利になるような欲求や幸福感をもつ個体が多くの子孫を残したはずです。
食物連鎖の頂点に立ち、大抵の動物を狩ることができ、食料に困ることも減った人類は、
生殖という点で個体間の競争を始めました。
ことによると、個体の生き残りや集団の生き残りと同レベルで生殖戦略が重要だったかもしれません。
そのため、人間の生殖は他の動物とはかなり異なった形で進化してきました。
動物とは異なる多くの欲求や幸福感は生殖関連だという学者もいます。

男性にとっての生殖戦略と幸福

男性から見ると、どれだけ多くのセックスをするかということが幸福に直結します。
(女性目線での話は別記事にて。)
しかし、多くのセックスを実現するために性欲を強くするだけでは、
集団内から反感を買い、追い出されてしまう可能性があります。
そのため、性欲を強くするという方法以外で、集団内の反感を抑えながら、多くのセックスを獲得する必要があります。

そのような環境で育まれてきたのが、人間に特有の様々な欲や幸福感です。
例えば、「承認欲求」、「自己顕示欲」、「嫉妬」などがそうです。

周囲の人から認められることによって、夜のパートナーを得る可能性が高くなります。
このような状況は実際に現代に残っている伝統的な生活を送っている集団で観測されるそうです。
男たちは、平均的には得る食料の量が少ないにもかかわらず、狩りに出ます。
狩りで得た食料は普通、自分やその家族以外にも平等に分け与えられるそうです。
つまり、狩りに出ないほうがより多くの食料を手にできる可能性が高く、
そのことを当の本人たちもわかっているにもかかわらず、狩りに出ているようです。
そこまでして「なぜ狩りに行くのか」と聞くと、
「狩りでの成功が男としての名誉だからだ」のようなことを言うそうです。
研究者たちは当初は狩りに行く本当の理由がなかなかわからなかったらしいのですが、
色々調べていくと、狩りで獲物を捕まえた男は、女性を獲得できる可能性が高かったようです。
形式的には一夫一婦制をとっているように見えても、
実際には現代で言う「不倫」のような行為は横行していて、
狩りで獲物を多く捕まえてくる男性ほど多くの女性を獲得していたそうです。
(狩りの本当の目的が女性の獲得だということは、本人たちは意識していないかもしれない。)

現代社会での自己顕示欲や承認欲求

現代に置き換えてみると、
「仕事で成功したい」とか「より高い給料をもらいたい」というような欲求が
それに当てはまるかもしれません。
しかしそのような欲求やそれによって得られる幸福感は
狩猟採集時代の遺物であるかもしれません。
このような幸福感は「自分の生存にとって有利」というよりは、
「後世にDNAが残りやすい」という理由で発達してきた感情です。
確かに「仕事で成功した」ほうが女性を獲得できる可能性は高まるでしょう。
しかしそれは現代ではかなり限定的ですし、得られる幸福感は
その欲求を満たした幸福感と、セックスによる快感だけでしょう。
また、このような感情は絶対的な感覚ではなく、相対的な感覚です。
いくら年収1億円稼いだとしても、周囲の人がみな年収10億円稼いでいるのなら、
その幸福感は限定的でしょう。

だとすると、このような幸福を追求しても、
人生の幸福感は少ししか増えないことになります。
他にも「高級車に乗りたい」とか、「(必要以上に)豪華な家に住みたい」などという感情は、
DNAが後世に残りやすいがために発達してきた幸福感である可能性が高いです。

狩猟採集民の幸福度

現代社会は狩猟採集民時代よりも幸福感が低いといわれています。
現代社会における様々な悩みは、狩猟採集民時代に育まれた幸福の感情を使いながら、
高度な技術を使って高度に人間が集積した都市に住み、
狩猟採集時代とは明らかに異なる生活スタイルで生活することから発生しているといわれます。

もちろん、狩猟採集の生活に戻れというわけではありません。
しかし、自分はなぜそのような行動をしてしまうのかという理由がわかれば、
人生をよりよく生きる道しるべとなる可能性があります。

本ブログでは、このような考え方のもと、
現代社会の人々の悩みが少しでも軽くなればいいなと思い、
様々なテーマで執筆していこうと思います。

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