学校でのいじめがなかなかなくならない理由

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なぜ学校でいじめが頻発し、なかなかなくならないのか

今日は「幸福論」から、子どものいじめに関して考えていきましょう。

いじめで自殺する子どもが多い社会

中学生が虐められて自殺したというニュースが毎週のように報道されています。
厚生労働省によると、小中高校生の自殺は毎年300人ほどもいるそうです。
その原因のすべてがいじめというわけではないと思いますが、
いじめが直接的、間接的な原因となって自殺する人が多いのは間違いないでしょう。
また大人の自殺と違って、若年者の自殺は社会や環境が原因であることが多いため、
社会的に解決すべき重要な課題と言えるでしょう。

※大人の自殺は、経済的な理由や病気などが原因のことが多く、
子どもの自殺の問題とは少し解決の方法が違います。

人間の本能から考えるいじめの問題

当ブログでは「人間の本能は狩猟採集生活で培われてきた」と繰り返し述べてきました。
⇒その理由を述べた記事「進化心理学から幸福を考える
この考え方は、「狩猟採集生活で生存・生殖に有利だった行動スタイルが現在まで残っている」というものです。
この考え方はもちろん子供社会でも例外ではありません。
狩猟採集生活時代は子供の生存率が現在とは比べ物にならないくらい低い時代でした。
その非常に危険な子ども時代を生き延びるため、
子どもには子供特有の本能が発達してきたと考えられます。

子どもの本能を知ることで、どうしていじめが発生するか、
どうすればいじめが起こらないようにできるかを考えることができるかもしれません。

狩猟採集時代の子供の生活

狩猟採集生活時代の子どもにとっての環境を考えることで、
人間の子どもが持っている本能(行動スタイル)が、
どのようなものであるかを知ることができます。
狩猟採集時代の子供の生活とはどんな生活だったのでしょうか。

最近私が読んだ本に「昨日までの世界」という本があります。
この本は、現代でも狩猟採集生活を送っている密林やサバンナの部族を調べることで、
人間が農耕を始める前の生活がどのようなものであったかを解き明かしています。
この本によると、
「母親を離れた子供は、部族の中の様々な年齢の子どもの集団の中で過ごす」ようです。
大人は仕事などがあるため、
基本的なことが自分でできるようになった子供は、
子ども同士の集団に属します。
この集団には年長の子供が幼い子の面倒を見るという機能があるそうです。
確かに昔は、子供の面倒は兄や姉が見るというのが当たり前でしたよね。
仕事はまともにできなくても子守ならできるというわけですね。

さて、このような集団で過ごす生活の中で、自身、もしくは血縁の近い人を
多く生き残らせる本能を持つ子供ほど、現代まで遺伝子を残している可能性が高いです。
死亡率の高い環境でのちょっとした行動の違いは、生存の確率を大きく変える可能性があります。

それでは、このような集団でどう行動するのが最適なのかを考えていきましょう。
ただ、単にこの集団の中での行動を想像して考えるのは難しいので、
現代の様々な実験などで観察された結果が、
この集団の中でどのような価値があったのかという観点で考えていきましょう。

自分と似たような人とグループを作る

小学校、中学校時代を思い出せばだれでも思い出せると思いますが、
子どもの頃はなぜかできるだけ自分と似たような人とグループを作る傾向があります。
性別、できるだけ年齢の近い子、人種、見た目などです。
アメリカの幼稚園では様々な人種を同じクラスで扱うそうですが、
大人が関与しないとどうしても同じ人種同士でグループを作りがちだそうです。
日本では見た目でそれほど大きな違いがある人は少ないため、
そのような傾向は外部からははっきりとは見て取れませんが、
深く調べていくと同様の傾向があることがわかってきています。

ではなぜこのように自分と似たような人とグループを作ってしまうのでしょうか。

その答えは、血縁にあります。
グループを作るというのは面倒を見るということでもあります。
子どもがまだ幼なければ、年長者に面倒を見てもらったほうが、
様々な危険を回避できる可能性が高いでしょう。
そしてそれはできるだけ近縁者の面倒を見るほうがDNA的には有利です。
見た目やその他の特徴が自分と似通っていればいるほど、血縁が近い可能性が高いためです。
自分と似たような幼い子供の面倒を見る遺伝子は、
逆に面倒を見てもらう可能性も高くなり、生き残る可能性も高くなるということになります。

つまり、自分とできるだけ似ている人に近づきたくなるという本能は、
狩猟採集生活の時代に培われたものだと考えて間違いないでしょう。

子ども集団でのヒエラルキーが大人まで継続する

もう一つ考えられる行動として、
「ヒエラルキー(身分制度)を作りたがる」というものが考えられます。
これは皆さんも(特に女性は)経験があると思いますが、
中学校などではクラス内で3~4くらいのグループができ、
その上下関係もはっきりしているという状態になることがよくあります。
誰が教えたわけでもなく、そのような例をテレビやそのほかで
目にすることはほとんどないにもかかわらず、自然とそういう構造になってしまいます。
これはやはり人間の子どもの本能と言っていいでしょう。

さて、ではこのようなヒエラルキーを作る本能が生存にどう役に立ってきたのでしょうか。

私が考えは、
「グループを作ってより上位に立つことで、大人になった時の集団内での地位を高める役割がある」です。

詳しく述べていきます。
皆さんの身近にもいらっしゃると思いますが、
中学時代の上下の人間関係を大人になっても
維持している(脱出できない)人が大勢います。
子供時代に一度上下が確定した人間関係を、大人になってからとはいえ
ひっくり返すのは並大抵のことではできません。
人生の要所要所(進学や就職など)で大きな変化がある現代でもそうなんですから、
同じメンバーで子供時代から大人になるまで過ごす狩猟採集時代においては
ひっくり返すことなど到底かなわなかったでしょう。
下位に立ってしまった人にとっても、
狩猟採集生活のように様々な原因で死亡率が高い社会であれば、
上位の者が死亡し、自分が上位に立つような事態も
いつかは巡ってくる可能性があります。
ヒエラルキーが確定してしまった後で、上下関係をひっくり返そうと無茶をするより、
おとなしくチャンスを待っていたほうが、
自分の子孫を残せる可能性が高かったのかもしれません。
そうなると一度上下関係が確定してしまうと、誰もそれをひっくり返そうとせず、
ずっと維持されることになりそうです。

もし、子供時代にうまいこと上位に立つことができれば、
後々集団の大人の関係の中でも上位に立ちやすくなります。
上位に立つことができれば、生存・生殖の機会が増える可能性があります。

なので、本能的に
「上位に立つことに幸福を感じる」ような子供ほど、
子孫を多く残す可能性が高く、現代でもその傾向は受け継がれていると考えられます。
また、「一度確定した上下関係を維持しようとする」ような子供のほうが、
より生き残りやすかった可能性すらあります。

このことから、
「子供が上下関係を作り、上位が買いを虐げる」という構造は、
人間の本能によるものである可能性が高いと言えるでしょう。

もちろんこの傾向は大人でも見られるとは思いますが、
大人では子どもよりも多くの要因により上下関係が決まるため、
子供ほど単純化はされにくく、
下位に位置させられている人が虐げられるとは限りません。
大人社会でもいじめのようなことはたびたび発生しますが、
大人の世界は子供の世界ほど閉鎖的ではなく、硬直的でもないですし、
評価軸も多岐にわたるため、子どもよりもいじめは少なくなると考えられます。

子供が持っている本能とは

子どもが持っている本能についてまとめます。
まず、自分と似たような人とグループを作るということです。
次にそのグループ内で精神的なヒエラルキーの上位に立とうとします。
そしてグループ全体が他のグループに対してヒエラルキーで上にあろうとします。
そして一度確定したヒエラルキーは下位の者も含めて全員が維持しようとします。

このような行動をすることによって、
より生存の可能性を高め、大人になってからの生殖の可能性をも高めていると考えられます。

本能を把握して、それに対応した教育をする

子供がどういう本能を持っているかはわかりました。
ではどうやっていじめが発生しているのか、
どうすればいじめをなくせるのか(減らせるのか)を考えていきます。

いじめは起こるべくして起こっている

上記したような本能を持っていれば、
例えばクラス内で多数派とは大きく異なる子供はグループから排除されがちになり、
ヒエラルキー競争で虐げられてしまう可能性が高いでしょう。

この「異なる」というのは見た目だけではありません。
考え方や、家庭状況、出自や行動パターンなどというあらゆるものが対象です。

子どもたちが皆このような行動をしていれば、
ちょっとしたことでいじめが発生してしまうのは明らかです。
こう考えていくといじめは人間の子どもの本能で、
ただ単に「いじめは悪いからやめなさい」というだけでは解決しないことがわかります。

※ただ、日本ではまだまだ珍しい外国人などだと、
仲間外れにするのはあからさますぎて批判を浴びるので、
グループに入れはしないものの、ちょっと特別な地位を与えられたりします。

どうやっていじめをなくすのか

少なくとも大人が積極的に介入していかなければ、
いじめはなくすことはできないでしょう。
しかし具体的にどのような介入をすればいいかというのはかなり難しいです。

やらなければならないことは多岐にわたります。

まず、グループを作る云々という本能が子供自身に備わっていることを
教えたほうが良いと思います。
そしてそれが人間が狩猟採集生活をしていた時代の遺物であるということも。
また、現代ではそのような本能はほとんど役に立たないということも教えるべきです。
グループ内で面倒を見てもらわないと生存率が下がるということもほとんどないですし、
子供時代の仲間との関係を大人になっても引きずる必要もないからです。

「本能に反することを教えるのはいかがなものか」という批判があるかもしれません。
しかし私は現代社会ではすでに様々な点で本能に反することを子供にさせているのだから、
他の子どもに大きな影響がある「いじめ」の問題に関しても
「本能」に反することを教えるべきだと思います。

大人は学校で、
「大人になってから役に立つからしっかり勉強しなさい」といいますよね。
子供にどのくらい勉強を強制するかという観点では様々な意見がありますが、
「役に立つから勉強したほうがいい」という考え方に異論がある人はあまりいないでしょう。

狩猟採集生活時代には、勉強というものはありませんでした。
子供は大人がやる狩りや子育てのまねごとを遊びとしてやりながら、
徐々にその技術を習得していき、大人になったころには
自然にそれができるようになっていたようです。
つまり本能に従って遊んでいれば大人になってからも困ることはなかったのです。

それに対し、現代では遊びが役に立たないというわけではありませんが、
本能に反する「椅子に座ってじっと勉強をする」ということもやらなければいけませんし、
遊びよりも勉強のほうが役に立つということに異論はないでしょう。
(遊びが役に立たないと言いたいわけではありません。)

狩猟採集生活に戻ることができない以上、
現代社会に応じたものの考え方や技術、知識を習得していく必要があります。
ましてや他人の人生に多大な影響を与えるいじめ問題では、
大人が積極的に介入していくべきだと思います。

子どもは本能に従って純粋な気持ちでいじめをする

教育現場で実際に子どもと接する保育士、教員等の方々にも、
「グループを作り、ヒエラルキーを作るのは子どもの本能であり、それがいじめの原因だ」
ということをしっかり教える必要があります。
そのようなことを言うと、子供が好きで教員になった人などには
「子どもは純粋だから罪はない」などとおっしゃる方がいます。
私も「純粋だ」という点には賛同しますが、
純粋だから罪はないという考えは間違っています。

先日、熊が人を襲ったというニュースがありました。
熊は時折街に降りてきて、
人をケガさせたり、場合によっては殺す場合もあります。
しかし、おそらく熊は「純粋」です。
単に腹が減ったから、街にはエサがあることを知っているから降りてきて、
目の前に現れた敵に対し驚き、身を守るため攻撃をしたに過ぎません。
「本能に応じて純粋に行動している」ということは間違いありません。
でもだからといって放っておくわけにはいきません。
(人間社会の「罪」とは少し違うかもしれませんが、)
そのようなことが起こりそうだったら熊を射殺することもありますし、
熊が街に来られないように柵を作ったりします。
その対応に異論はないでしょう。

子どもでも同じです。
子どもは本能に従って純粋な気持ちでいじめをしているのです。
いじめをしているからと言って射殺はできませんし、
牢屋にとじこめるわけにもいきませんが、
そうならないように事前にきっちり教育することが必要です。
「自分が本能に従って行動した結果、何が起こるか」
「人間の本能は本人や他人に良い結果をもたらすとは限らない」
ということを教育をしていくことは、はじめの一歩としてどうしても必要だと思います。

さらに、進んだ対策としては、
・子供同士のグループ化をできるだけ制限し流動的にする
・ヒエラルキーを強化しない(壊す)ような活動を増やす
などが考えられます。

具体的には既に現場で行われていることも多いと思いますが、
「子供は本能的にグループ化しヒエラルキーを構成する」
という前提に立って行うと、もっと効果が高いでしょう。
現在のように固定的なクラスで教育をするのではなく、
もっと流動的、かつ少人数で教育をすることも効果があると思います。

もちろん予算は限られていますので、
できることとできないことがあります。
しかし、少なくとも教育現場の方に子どもの本能について教えることはできるでしょうし、
現在のシステムの中でもそのような考え方を念頭に教育をすることはできるはずです。

もしかしたら、公教育の構造改革が先か?

教員の世界はなぜか会社などではあたりまえの指揮命令関係があまり機能していません。
トップダウンで上記の教員研修を施そうとしてもなかなかな浸透しないかもしれません。
かといって教員一人一人がこの記事のような最新の進化心理学を独自に勉強するとも考えにくいですし、
古い考え方や、思いこみで教育を施そうとする教員が多いのも事実です。

もし本当にいじめをなくそうと思ったら、
公教育の構造自体から改革しなければいけないかもしれませんね。
(このあたりは私の守備範囲外です(^^; )

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